稀勢の里の後に春風が吹いた
貴景勝が大関に昇進した。昨年11月に初優勝、春場所で10勝。直近の3場所で34勝挙げ、待望の大関昇進を果たした。日本人横綱稀勢の里が土俵を去り、寂しかった角界に春風が吹いた。
関取として、必ずしも恵まれていない体で、押して押しての真っ向勝負を挑む姿が、多くの相撲ファンの心をとらえた。風貌も22歳の若者には珍しく、優しい顔付きの中に古武士のような風格を漂わせている。優勝しても笑顔を見せることがない。
新渡戸稲造「武士道」を高校時代に読破
その秘密は大関昇進の伝達式での挨拶に見える。「武士道の精神を重んじ、感謝の気持ちと思いやりを忘れず相撲道に昇進します」と挨拶した。その言葉はどこから来たのか。なんと貴景勝は 高校時代(埼玉栄)に 新渡戸稲造の「武士道」を読んでいたという。
武士道は、新渡戸が1899年に英文で発表した。外国人に日本人を理解させるため武士の生き方を紹介して世界的反響を呼んだ。新渡戸が描く武士は、義を重んじ禁欲的である。貴景勝は己の生き方の理想に、武士道を重ねているように見える。
「勝って奢らず、負けて腐らず」
貴景勝は、別の場所で 「勝って驕らず、負けて腐らず」と、座右の銘を口にしている。これもまた、武士道精神を語ったのであろう。
貴景勝の元師匠、貴乃花が「相撲道」という言葉をよく使い、「相撲は 神技です」と主張していた。大関昇進した貴景勝も、全く同じ考えを述べている。「相撲はスポーツではなく、神に奉納する神技です」と。
貴乃花が心の師匠、しこ名の由来は
このことが貴景勝の誇りと意地を支えているのかも知れない。部屋を離れたとはいえ、貴景勝の心の師匠は貴乃花である。ちなみに貴景勝のしこ名は貴乃花花親方が付けた。「貴」は、親方の一字。「景勝」は上杉謙信の跡を継いだ上杉景勝(かげかつ)から取ったという。上杉景勝は、戦国時代末期から江戸時代にかけて活躍した武将で、秀吉の五大老 の一人。謹厳実直で、笑うこと少なかったが、家臣の人望厚かったと言われる。
貴乃花親方は、上杉景勝に武士道の精神を見て、貴景勝にそのイメージを託したのかも知れない。むろん 貴景勝は、大関昇進に当たり、現在の親方、千賀ノ浦親方への感謝の言葉を忘れてはいない。近い将来、貴景勝が横綱を張り、心からの笑顔を見せる日が来ることを願っている。